交通事故で発生する頭部外傷の病名のひとつにびまん性軸索損傷(DAI)があります。びまん性軸索損傷はあまり聞き慣れない傷病名ですが、頭部外傷の中でも重症と言われています。
本記事では、重症度の高い頭部外傷であるびまん性軸索損傷が等級認定されるヒントとなるよう説明します。
最終更新日:2023/3/5
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びまん性軸索損傷とは
頭部外傷は大きく分けて、
局所性脳損傷とびまん性脳損傷に分類されます。
局在性脳損傷は、急性硬膜下血腫や脳挫傷に代表されるように、脳組織の部分的な損傷のことで肉眼的に確認することが可能な病変です。
<参考>
【医師が解説】脳出血が後遺症認定されるポイント|交通事故
【医師が解説】脳挫傷の後遺症が等級認定されるポイント|交通事故
一方、びまん性脳損傷は主に大脳白質(脳の比較的深い部分)を中心とした広汎な脳損傷です。頭蓋内に、CT検査でわかるような局所性の病変は存在しません。
びまん性脳損傷の中で、6時間以上の意識障害が続くものを、びまん性軸索損傷といいます。
軸索とは、神経細胞から伸びる長い突起のことで、他の神経細胞と結合することで脳の活動に必要な情報ネットワークを作ります。
びまん性軸索損傷における重症度の割合は、軽症19%、中等症45%、重症36%と報告されています。
交通事故でのびまん性軸索損傷の受傷機序
交通事故で頭部外傷を負う際に、脳が勢いをもって振られます(回転加速)。
この時、脳の表面(頭蓋骨)の接線方向に外力が加わり、加速と減速により軸索損傷が生じると考えられています。
ただし、
- 受傷時に断裂する軸索は比較的少なく、時間的経過とともに何らかの原因で2次的に軸索が断裂する
- 軸索の断裂ではなく、軸索鞘(軸索を包むさや)の損傷による軸索の機能障害
という説もあります。
びまん性軸索損傷の症状
びまん性軸索損傷の症状は、受傷直後から続く意識障害(通常は意識昏睡状態)です。重症の場合は受傷から24時間以上意識昏睡状態が続き、脳幹損傷を伴います。
死亡率は重症で60%程度、中等症(脳幹損傷のほとんどないもの)で20%程度とされています。約半数で頭蓋内圧亢進(頭蓋骨の内側の圧が異常に高まる現象)を認めます。
幸いにして意識昏睡状態から回復しても、植物状態(遷延性意識障害)になったり、慢性期(受傷から1ヶ月以上経過した時期)に高次脳機能障害が残存したりすることがあります。
<参考>
【医師が解説】高次脳機能障害の後遺症が認定されるコツ|交通事故
日経メディカル|交通事故後の高次脳機能障害を見逃すな!把握しにくい2つの理由
びまん性軸索損傷の診断
受傷直後から意識障害が出現し、CT検査で局所性脳損傷がない場合はびまん性軸索損傷と診断されます。尚、意識障害が一時的な場合は脳振盪と診断されます。
MRI検査の特殊な撮像方法で微細な損傷を捉えられることがあります。
ただし、あくまでも画像所見は、外傷性くも膜下出血、脳室内出血、白質内の微小出血とそれに伴う浮腫などを手がかりとするものに限られます。
軸索損傷そのものを画像で描出することは極めて困難なのです。確定診断には、死亡後の病理組織学的診断が必要です。
一方、びまん性軸索損傷では、受傷後3ヵ月程度で脳萎縮をきたすケースが多いです。脳萎縮はびまん性軸索損傷に特異的な所見ではありませんが、客観的な画像所見として有用です。
びまん性軸索損傷に対する治療
残念ながら有効な治療法はなく、血圧管理や脳圧管理が中心になります。
びまん性軸索損傷で考えられる後遺症
軽傷例(意識障害が6時間〜24時間のもの)では、約60%が正常に回復するとされています。一方、その他の例(死亡例、植物状態例を除く)では何らかの後遺症を残すケースが多いです。
このため、びまん性軸索損傷の後遺障害では、遷延性意識障害と高次脳機能障害が問題となります。
1級1号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
2級1号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
3級3号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
5級2号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
7級4号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの
9級10号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
12級13号
局部に頑固な神経症状を残すもの
【弁護士必見】等級認定のポイント
びまん性軸索損傷の問題点は画像所見の乏しさ
びまん性軸索損傷の診断で説明したように、軸索の損傷は画像検査で直接捉えることができません。このため、高次脳機能障害が残っても、画像所見の証明に苦労するケースがあります。
びまん性軸索損傷では、慢性期に脳室拡大や大脳白質の低吸収化など認めるケースがありますが、出現頻度は不明です。脳神経外科学の成書にも、びまん性軸索損傷慢性期における脳萎縮の頻度は明確に記載されていません。
小児や若年者は軸索損傷の病理学的変化が軽度で可逆的なこともあるので、慢性期の脳萎縮は少ないと思われます。このため、慢性期に脳萎縮を起こすのは中年以降に多いのではないでしょうか。
一方、重度のびまん性軸索損傷ほど慢性期に脳萎縮を来たすと思われますが、重症であるほど死亡率が高いので慢性期の事例が少ないのかもしれません。
すなわち、慢性期のびまん性軸索損傷のMRI検査が実施できる症例はそもそも軽症なので、脳萎縮所見が少ないのでしょう。
このように、びまん性軸索損傷では画像所見の乏しさが問題になります。症状固定時期の頭部CTや頭部MRIにおいて、脳萎縮が存在するか否かを確認することが後遺障害等級認定のひとつのポイントと考えています。
争点は高次脳機能障害
びまん性軸索損傷の後遺症として、遷延性意識障害と高次脳機能障害が挙げられます。
遷延性意識障害は後遺障害という観点では争いになりにくです。このため、実質的には高次脳機能障害の後遺障害等級認定が問題になります。
高次脳機能障害が等級認定されるポイントは、下記にまとめていますので参考にしてください。
<参考>
高次脳機能障害が等級認定されるポイント
まとめ
びまん性軸索損傷は頭部外傷の中で最も予後不良の病態といえます。現時点では有効な治療法がなく、医師も祈るような思いで急性期治療を行っているのが現状です。
一方、救命できた場合には、びまん性軸索損傷の後遺症として遷延性意識障害と高次脳機能障害が問題になります。びまん性軸索損傷では画像所見が乏しいケースが多いので注意が必要です。
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※ 本コラムは、脳神経外科専門医の高麗雅章医師が解説した内容を、弊社代表医師の濱口裕之が監修しました。