交通事故で発生する体幹の大きな外傷のひとつに骨盤骨折があります。骨盤骨折は大きな外力によって受傷することが多く、後遺症を残しやすい外傷です。
骨盤骨折では残存する可能性のある後遺症が多岐に渡るため、適切な後遺障害認定のためには股関節外科医(整形外科医)だけではなく、泌尿器科、婦人科、消化器外科医師との連携が必要な事案が多いです。
本記事は、骨盤骨折の後遺症が後遺障害認定されるヒントとなるように作成しています。
最終更新日:2023/9/7
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骨盤骨折とは
骨盤骨折には、以下の3種類の骨折があります。
- 環状構造が破綻する骨盤輪骨折
- 股関節が破綻する寛骨臼骨折
- 筋肉の付着部が裂離する裂離骨折
骨盤輪骨折
骨盤輪は、左右の腸骨、恥骨、坐骨と背骨の下端である仙骨で構成されます。骨盤輪には、腸や膀胱などの骨盤内臓器を保護する役割と、体重を支える役割があります。
寛骨臼骨折
大腿骨骨頭と一緒に股関節を形成しています。股関節はお茶碗とボールの関係に例えられます。お茶碗の中をボールが回転するイメージです。寛骨臼はお茶碗側です。
寛骨臼骨折は、大腿骨頭を介して大きな外力が伝わることで発生します。ダッシュボード外傷が有名で、車の座席に座っていて急停車したときに、膝をダッシュボードに強打することで受傷します。
ダッシュボード外傷では、寛骨臼骨折だけではなく股関節の後方脱臼(股関節脱臼骨折)を伴うことがあり、坐骨神経損傷(坐骨神経麻痺)を併発することもあります。
裂離骨折
裂離骨折は筋肉の急激な収縮によって、筋肉が付着している部分の骨が母床から剥がれてしまう骨折です。
学生がスポーツ外傷として受傷することが多く、交通事故でこのタイプの骨盤骨折を受傷することは稀です。
骨盤骨折の後遺症
股関節の痛みや可動域制限
骨盤骨折で最も重い障害を残しやすいのは、寛骨臼骨折後の股関節痛や可動域制限です。寛骨臼骨折は股関節の関節内骨折です。
<参考>
【医師が解説】股関節骨折が後遺症認定されるポイント|交通事故
【医師が解説】関節内骨折の後遺症が等級認定されるヒント|交通事故
【医師が解説】大腿骨骨折が後遺症認定されるポイント|交通事故
寛骨臼骨折は体重がかかる下肢の関節内骨折なので、少しでも関節面に段差を残すと、高度の股関節の痛みや可動域制限を残します。
わずかな関節面の段差であっても変形性股関節症に移行して歩行困難となることがあり、将来的に人工股関節全置換術(THA)が必要となる事案が少なくありません。
骨折部の痛み
寛骨臼骨折ほどではないものの、骨盤輪骨折でも骨折部の痛みを残すことがあります。特に痛みの原因となりやすいのは、仙骨から仙腸関節に骨折がおよぶ事案です。
下肢の神経麻痺
寛骨臼骨折の中でも股関節脱臼骨折(ダッシュボード外傷)では坐骨神経損傷を、仙骨骨折では神経根損傷や馬尾損傷を合併することがあり、下肢の筋力低下、知覚低下、膀胱直腸障害をきたします。
内臓損傷の後遺症
骨盤には、大腸や直腸などの消化器、泌尿器、生殖器を保護する役割もあります。このため骨盤輪骨折を受傷すると、排尿困難、血尿、人工肛門、内腸骨動脈損傷によるショック状態といった症状が起こりえます。
<参考>
【医師が解説】内臓破裂の後遺症が等級認定されるポイント|交通事故
また骨盤輪骨折で小骨盤腔が変形すると、経腟分娩が不可能になることもあります。交通事故被害者が若年女性の場合には注意が必要でしょう。
骨盤骨折の診断
骨盤骨折は救命処置を必要とするケースがあり、多くの事案で単純X線像に加えて全身CT(whole body CT)が施行されます。血管造影でショック状態の原因となっている血管損傷の検索を行う事案もあります。
MRIに関しては、骨盤骨折の診断では有用でないため、ほとんどの事案で実施されることはありません。交通事故外傷=MRI必須と考えている方を散見しますが、骨盤骨折には該当しません。
骨盤骨折に対する治療
骨盤輪骨折の治療
急性期治療では救命が最優先されます。骨盤全体を簡易ベルトや創外固定で一時的に固定するのと並行して、骨盤周囲の大血管や骨盤内臓器損傷に対する治療が必要となります。
多くの事案は、急性期治療を乗り切ると、骨折そのものは保存的に治療されることが多いです。しかし不安定型の骨盤輪骨折では、プレートやスクリューでの内固定手術が必要となります。
寛骨臼骨折の治療
股関節脱臼骨折(ダッシュボード外傷)を伴う場合には、緊急で全身麻酔下もしくは静脈麻酔下に、股関節の脱臼整復術を行う必要があります。
骨折部の転位が2mm以下の場合は保存療法が選択されます。数週間にわたる患肢の免荷が必要です。骨折部の転位が2mm以上の場合は手術療法が選択されます。
手術ではプレートやスクリューでの内固定手術が必要となります。寛骨臼骨折は整形外科領域の骨折の中で最も難易度の高い骨折のひとつです。私も寛骨臼骨折の手術をたくさん執刀してきましたが、何度やっても難しさを実感します。
骨盤骨折の後遺症が後遺障害認定されると損害賠償金を請求できる
骨盤骨折の後遺症が後遺障害に認定されると、後遺障害慰謝料と後遺障害逸失利益を請求できます。
骨盤骨折後遺症の後遺障害慰謝料とは
骨盤骨折で後遺症が残ってしまった精神的苦痛に対する補償金です。後遺障害慰謝料は、下の表のように後遺障害等級によって異なります。
後遺障害等級 | 後遺障害慰謝料 |
1級 | 2800万円 |
2級 | 2370万円 |
3級 | 1990万円 |
4級 | 1670万円 |
5級 | 1400万円 |
6級 | 1180万円 |
7級 | 1000万円 |
8級 | 830万円 |
9級 | 690万円 |
10級 | 550万円 |
11級 | 420万円 |
12級 | 290万円 |
13級 | 180万円 |
14級 | 110万円 |
骨盤骨折後遺症の後遺障害逸失利益とは
骨盤骨折の後遺症が残ると、労働能力が低下してしまいます。労働能力が低下したために失うであろう収入の不足分に対する補償金です。
後遺障害逸失利益は、交通事故被害者の年収、年齢をベースにして、後遺障害等級に応じた労働能力喪失率と労働能力喪失期間で決まります。
後遺障害逸失利益の計算式
後遺障害逸失利益は、以下の計算式で算出されます。
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数
骨盤骨折の後遺症で考えられる後遺障害
骨盤骨折の機能障害
後遺障害8級7号:下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの
下記のいずれかの条件を満たすと、8級7号に該当することになります。
- 関節が強直したもの
- 関節の完全弛緩性麻痺又はこれに近い状態にあるもの
- 人工関節・人工骨頭をそう入置換した関節のうち、その可動域が健側の可動域角度の1/2以下に制限されているもの
後遺障害10級11号:1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
関節の可動域が健側の可動域の1/2以下に制限されているものです。
後遺障害12級7号:1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの
関節の可動域が健側の可動域の3/4以下に制限されているものです。
骨盤骨折の神経障害
後遺障害12級13号:局部に頑固な神経症状を残すもの
寛骨臼骨折後の股関節部痛や坐骨神経損傷による麻痺症状を、画像検査や神経伝導速度検査で他覚的所見に証明できる事案が該当します。
後遺障害14級9号:局部に神経症状を残すもの
画像検査で変形性股関節症の所見や、神経伝導速度検査で坐骨神経損傷の所見を認めないものの、治療経過から神経症状の存在が推認される事案が該当します。
骨盤骨折の変形障害
後遺障害12級5号:骨盤骨に著しい変形を残すもの
骨盤骨折は変形を残しやすい骨折です。しかし自賠責認定基準で変形障害に該当するためには「裸体になったときに外部から見てその変形が明らかに分かる程度」という条件をクリアする必要があります。
【弁護士必見】骨盤骨折後遺症の後遺障害認定ポイント
骨盤骨折で発生しうる後遺症は多岐にわたります。しかも整形外科だけではなく、泌尿器科、婦人科、消化器外科医師との連携が必要な事案も多いです。
ひとつの領域だけの後遺障害を検討していると他の領域の後遺障害を見逃してしまい、大きな機会損失に繋がる可能性があるので注意が必要です。
また整形外科医といっても、寛骨臼骨折では股関節外科医の意見を聞くことが望まれます。実際に寛骨臼骨折の執刀経験のある股関節外科医とそれ以外の整形外科医とでは、病態に対する理解度が全く異なるからです。
骨盤骨折でお困りの事案があればこちらからお問い合わせください。
骨盤骨折後遺症のまとめ
骨盤骨折は、生命の危険性もある重度外傷のひとつです。骨盤には、腸や膀胱などの骨盤内臓器を保護する役割と、体重を支える役割があり、また近くに重要な神経や大血管も存在します。
骨盤骨折では残存する可能性のある後遺症が多岐に渡ります。適切な後遺障害認定のためには股関節外科医(整形外科医)だけではなく、泌尿器科、婦人科、消化器外科医師との連携が必要な事案が多いです。
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