交通事故で発生する非常にやっかいな外傷のひとつにCRPS(複合性局所疼痛症候群)があります。CRPSは高度の後遺症を残しやすいにもかかわらず、異議申立てによっても非該当になりやすい外傷です。
本記事は、CRPSの後遺症が等級認定されるためポイントを知るヒントとなるように作成しています。
最終更新日:2024/9/8
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CRPS(複合性局所疼痛症候群)とは
CRPSとは、複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Syndrome; CRPS)の略称です。当初の外傷の程度よりも高度の疼痛が残存することが特徴です。
原因となる外傷は、骨折や神経損傷後だけではなく、単なる打撲のような軽い外傷後にも発症することが多いです。交通事故実務でも決して稀な傷病ではありません。
CRPSの病因
CRPS I型
かつては反射性交感神経性ジストロフィーと呼ばれていました。下肢の挫滅損傷や骨折後で最もよくみられますが、必ずしも外傷の程度に比例しないことが特徴です。事故態様が大きくない事案では争いになるケースが多いです。
CRPS II型
かつてはカウザルギーと呼ばれていました。神経損傷後に発症して、高度な痛みが長期間に渡って残存します。
CRPSの症状
CRPSの症状は多岐にわたりますが、ほとんどの症例で焼けつくような痛みや疼くような痛みがみられます。身体所見としては、下記の3つが特徴的です。
- 自律神経の異常: 発汗、皮膚温異常などの血管運動障害
- 運動機能の異常: 筋力低下、ジストニア
- 萎縮性変化: 皮膚萎縮、脱毛、骨萎縮、関節拘縮
それ以外にも、抑うつ傾向、不安神経症などの精神的な症状もよく見られます。
CRPSの治療
CRPSは難治性であり、治療開始が遅れるほど予後が悪くなります。下記で挙げた各種治療を同時並行的に行うことが多いです。
薬物治療
経口鎮痛薬(NSAIDやオピオイド)、ノイロトロピン、三環系抗うつ薬、ステロイドなどが使用されることが多いですが、いずれも必ず効果があるとは言えません。
理学療法
温かいお湯と冷たい水に交互に患肢を入れる温冷交代浴、リラクゼーション、関節可動域訓練などが行われます。
ブロック療法
局所交感神経ブロック(星状神経節ブロックなど)、硬膜外ブロック、脊髄電気刺激によって、痛みがましになる症例もあります。局所交感神経ブロックによって痛みをある程度軽快させたうえで、理学療法を実施すると効果的と言われています。
CRPSの予後
CRPSの予後はさまざまですが、一部の症例では難治性となって症状が持続します。早期の治療開始によって予後が改善すると言われています。
CRPSの診断
CRPSにはいくつかの診断基準があり、統一されたものは存在しません。私たち医師が日常診療でCRPSを診断するには、下記2つのいずれかを用いることが多いです。
厚生労働省研究班によるCRPSのための判定指標(2008年)
病気のいずれかの時期に、以下の自覚症状のうち2項目以上該当すること。ただし、それぞれの項目内のいずれかの症状を満たせばよい。
- 皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化
- 関節可動域制限
- 持続性ないしは不釣り合いな痛み、しびれたような針で刺すような痛み(患者が自発的に述べる)、知覚過敏
- 発汗の亢進ないしは低下
- 浮腫
診察時において、以下の他覚所見の項目を2項目以上該当すること。
- 皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化
- 関節可動域制限
- アロディニア(触刺激ないしは熱刺激による)ないしは痛覚過敏(ピンプリック)
- 発汗の亢進ないしは低下
- 浮腫
国際疼痛学会(IASP)の診断基準(2005年)
下記の両方を満たす必要があります。
- 患者本人が自覚する症状として以下の4項目のいずれか3項目以上のそれぞれについて1つ以上
- 医師が評価する所見としては以下の4項目のいずれか2項目以上のそれぞれについて1つ以上
感覚異常
- 自発痛
- (機械的、温熱性、身体深部の)痛覚過敏
血管運動障害
- 血管拡張
- 血管収縮
- 皮膚温の非対称
- 皮膚色調の変化
浮腫・発汗異常
- 腫脹
- 発汗過多
- 発汗低下
運動栄養障害
- 運動筋力低下
- 振戦
- 筋緊張異常
- 筋協調運動能の低下
- 爪または毛髪の変化
- 皮膚萎縮
- 関節拘縮
- 軟部組織の変化
CRPSで想定される後遺障害
CRPSは難治性であり、現在の医療をもってしても完治が難しい傷病です。CRPSは軽度の外傷で発症することも珍しくありません。
一方、自賠責認定基準に合致するCRPSは全体の中では少数派であり、多くのCRPSは自賠責認定基準を満たすほど重度ではないです。CRPSにも軽重があることは、意外と原告・被告側とも見落としている論点だと感じています。
自賠責認定基準を満たすほどの重度のCRPS事案では、大学病院などのペインクリニック科から離脱できないことが多いです。
このような症例はCRPS全体の中では少数派であり、自賠責認定基準を満たす事案の多くはこのような状況であることを知っておいて損はないでしょう。
不幸にも重度のCRPSを併発した場合、後遺症の等級認定は、症状、労働能力喪失の程度、他覚所見の有無などを総合的に勘案して決定されます。後遺障害等級としては、7級~14級が認められる可能性があります。
7級4号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの。具体的には、身体性機能障害や機能障害の以下のものに準ずる程度の障害と思われます。
身体性機能障害:中等度の単麻痺がみとめられるもの
- 上肢においては、障害を残した一上肢では仕事に必要な軽量な物(概ね500g)を持ち上げることができないもの
- 障害を残した一上肢では文字を書くことができないもの
- 下肢においては、杖またが硬性装具なしには階段をのぼることができないもの
機能障害
- 1手のおや指を含み3の手指の用を廃したもの
- おや指以外の4の手指の用を廃したもの
- 両足の足指の全部の用を廃したもの
- 1上肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの
- 1下肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの
9級10号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの。具体的には、身体性機能障害や機能障害に準ずる程度の障害と思われます。
身体性機能障害:軽度の単麻痺がみとめられるもの
- 上肢においては、障害を残した一上肢では文字を書くことに困難を伴うもの
- 下肢においては、日常生活は独歩であるが、不安定で転倒しやすく、速度も遅いもの
機能障害
- 1手のおや指を含み2の手指の用を廃したもの
- おや指以外の3の手指の用を廃したもの
- 1足の足指の全部の用を廃したもの
- 1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
- 1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
12級13号
7級や9級は満たさないものの、自賠責認定基準に合致するものが該当します。
14級9号
CRPSによる14級9号は存在しませんが、自賠責認定基準に該当しなかった事案が、救済等級として14級9号に認定される可能性はゼロではありません。
自賠責保険・労災保険の後遺障害認定基準
自賠責保険で等級認定を受けるためには、3徴候を客観的に証明できる医証を収集する必要があります。具体的には下記の検査や資料が必要です。
- 関節拘縮: 関節拘縮を明記した後遺障害診断書
- 皮膚所見: 患部を両側同時撮影したカラー写真やサーモグラフィ
- 骨萎縮: 両側の単純X線像やDIP法
上記の医証のひとつでも欠けると等級認定されません。また、すべての検査や医証で有意所見が存在することが必須です。さらに臨床経過も重要で、きっちりとCRPSの治療が施行されている必要があります。
弊社で取り扱いした事案では、3徴候がそろわないことが意外なほど多いです。診療録や画像所見をみるとCRPSである可能性が高い事案でも、すべての自賠責認定基準を満たしているわけではないのです。
【弁護士必見】CRPSが等級認定される検査のポイント
MRIよりも単純X線像が重要
最近の傾向として、画像はMRIが重視される風潮がありますが、CRPSの診断では単純X線像が重要です。これは局所的骨粗鬆症による骨萎縮の存在を確認するためです。
CRPSでは高率に患部の骨萎縮を認めるので、MRIよりも単純X線像が重要なのです。軽度のCRPSの場合は、主治医も見落としていることがあります。
被害者の訴える症状が高度であるにもかかわらず CRPSの傷病名が無い場合には、CRPSの存在も念頭において主治医との折衝に臨むことも必要かもしれません。
ただし、主治医が整形外科医師の場合には、このような心配は無用です。何故なら整形外科医師は、常にCRPSの存在を念頭に置いて診療しているからです。
一方、主治医が非整形外科医師の場合には、CRPSが見逃されている可能性があるため注意が必要でしょう。
単純X線像では両側撮影が重要
必要な検査を取り寄せる際には「両側を比較している」ことがポイントになります。例えば、右手のCRPSであれば、左側の画像所見も必要です。
よくあるのは延々と患側の単純X線像のみ撮影され続けている事案です。このような事案では本当に有意所見なのか判断できないことが多いです。
このため、CRPSにおいては両側の検査が施行されていることを確認しておく必要があります。
骨萎縮の客観的評価法
CRPSの自賠責認定基準のひとつに骨萎縮があります。骨萎縮とは、骨塩量(骨のミネラル成分)が減少して骨密度が低下することで発生します。俗っぽい言い方をすると「骨がスカスカ」になった状態です。
実臨床では定性的に骨萎縮の存在を判断しますが、異議申立てや訴訟の場では定性評価ではなく定量評価を求められることがあります。
骨萎縮の客観的な評価が、後遺障害に等級認定されるか否かの分水嶺となる事案が多いです。このため、自賠責認定基準に準拠した骨萎縮の評価は極めて重要です。
骨萎縮の評価は、それだけでひとつの記事になるボリュームがあります。詳細は下記を参照ください。
<参考>
【医師が解説】骨萎縮を客観的評価するポイント|CRPS、交通事故
皮膚所見の評価法
皮膚所見の存在を証明するために患部のカラー写真が必要ですが、画像が判然としないことが珍しくありません。このような事案ではサーモグラフィが必要となります。
【弁護士必見】CRPSが非該当になりやすい理由
CRPSは、交通事故後の後遺症として争いになりやすい傷病です。争いになりやすい原因は、自賠責等級認定実務と整形外科実臨床の乖離が大きいためです。
実臨床では、2008年厚生労働省研究班による複合性局所疼痛症候群のための判定指標でCRPSが判定されることが多いです。この判定指標の目的は、できるだけ早期にCRPS症例を拾い上げて治療を開始することです。
したがって、判定指標のしばりは緩く、CRPS以外の疾患が紛れ込んでいる可能性があります。
しかし、診断ではなく治療が重要である実臨床では、厳密に診断することに固執して治療開始が遅れるよりも、多少他の疾患が紛れ込んでいても早期に治療を開始することが優先されます。
一方、自賠責のCRPSの認定基準では、下記の3点すべてを満たさなければCRPSと認定されません。
- 関節拘縮
- 皮膚所見
- 骨萎縮
いずれか一つでも欠けているとCRPSとは認定されないため、ハードルは高いと言わざるを得ません。その理由は、自賠責では適正な賠償業務のために、厳密にCRPSか否かを判断する必要があるからです。
このように、実臨床と自賠責実務は真逆の方向を向いているので、現場が混乱する一因となっています。
つまり、実臨床でCRPSとして治療を受けている事案であっても、その多くは自賠責のCRPS認定基準を満たさないという問題が発生しているのです。
実臨床では疑わしきは受け入れ、自賠責では疑わしきは否定するという対応ですが、両者ともそれぞれの目的があるので仕方無いことだと考えています。
所見や治療経過をみると、本当にCRPSなのか否かはある程度判断できます。自賠責認定基準を満たさない場合には、訴訟提起するしか方法がありません。
CRPSは病態が難しいので、異議申立て、訴訟のいずれにおいても、専門医による医学意見書は必須と思われます。CRPSで治療中にもかかわらず自賠責保険で否定されてお困りの事案があればこちらからお問い合わせください。
<参考>
【日経メディカル】意見書で交通事故の後遺症が決まるってホント?
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<参考>
【等級スクリーニング】後遺障害認定と対策を精査|医療鑑定
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<参考>
交通事故の医師意見書が後遺障害認定で効果的な理由|異議申し立て
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<参考>
【画像鑑定】交通事故の後遺障害認定で効果的な理由|異議申し立て
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