坐骨神経痛は、私たち整形外科医が治療する傷病の中でも、最もメジャーな症状のひとつです。
交通事故などで外部からの強い衝撃が腰に伝わると、腰の痛みや下肢のしびれ・痛み(坐骨神経痛)を引き起こす原因となります。
本記事は、坐骨神経痛を発症した際にやってはいけないことが分かるヒントとなるように、現役の整形外科専門医が説明しています。
最終更新日: 2024/5/13
Table of Contents
坐骨神経痛とは
坐骨神経痛とは傷病名ではなく、お尻や太ももの裏から足にかけて感じる痛みやしびれなどの症状です。
坐骨神経痛を発症する原因
坐骨神経痛の原因はいくつかありますが、主に以下のようなものがあります。
- 腰椎椎間板ヘルニア
- 腰部脊柱管狭窄症
- 腰椎分離症や腰椎すべり症
- 腰椎捻挫
腰椎椎間板ヘルニア
椎間板が後方に飛び出して神経を圧迫することで坐骨神経痛が発症します。
腰椎椎間板ヘルニアは比較的若年者に多く、20~40歳代に発症することが一般的です。
腰部脊柱管狭窄症
腰部脊柱管狭窄症は椎間板だけではなく、神経の通り道である脊柱管そのものが狭くなったため、神経を圧迫して坐骨神経痛を発症します。
腰部脊柱管狭窄症は中高齢者に多く、50歳代以上に発症することが一般的です。
腰椎分離症や腰椎すべり症
腰椎分離症や腰椎すべり症では腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症を合併することがあります。
腰椎捻挫
もともと無症状の腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症があった人が、運転中や停車中に自動車に追突されて腰に強い衝撃が加わり、発症する場合があります。
大きな事故の際に生じる場合が多いですが、規模の小さい事故においても、衝突を防御する体勢をとれず、不意に追突されることで生じる場合もあります。
坐骨神経痛の症状
腰椎椎間板ヘルニア
腰椎椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛では、お尻や太ももの裏から足にかけて感じる痛みやしびれが、以下のケースで発症しやすいです。
- 前かがみ
- 中腰で行う動作
- 長時間座っている
腰部脊柱管狭窄症
腰部脊柱管狭窄症による坐骨神経痛では、お尻や太ももの裏から足にかけて感じる痛みやしびれが、以下のケースで発症しやすいです。
- 体を後ろに反らせる
- 長時間歩く(軽症では30分以上、重症では数分程度)
- 長時間座っている
腰椎分離症や腰椎すべり症
もともと無症状の腰椎分離症や腰椎すべり症がある人は、坐骨神経痛を発症しやすいです。どちらかというと腰椎椎間板ヘルニアに類似した症状であるケースが多いです。
腰椎捻挫
交通事故による腰椎捻挫では、どちらかというと腰椎椎間板ヘルニアに類似した症状であるケースが多いです。
坐骨神経痛の診断
交通事故の直後から腰の痛みや下肢の痛み、しびれが続いている場合、医師は坐骨神経痛の原因として腰椎椎間板ヘルニアを疑います。
レントゲン検査の異常所見は必須ではありませんが、MRI検査では腰椎椎間板ヘルニアによる神経根圧迫を認めます。
一方、腰椎椎間板ヘルニアを疑って、レントゲンを撮ったら、腰椎分離症(ようついぶんりしょう)や腰椎すべり症が見つかるケースも多くあります。
交通事故によって腰椎分離症やすべり症を生じるわけではなく、事故の前から分離症やすべり症をもっていた患者さんが、事故を契機に腰痛が出現したと考えるのが妥当でしょう。
事故後にMRIをとったら、腰に椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)が見つかったというケースも多くあります。
椎間板は骨と骨の間の軟骨のことを指し、「ヘルニア」とは、本来あるべきところから組織が飛び出す現象のことを指します。つまり、腰椎椎間板ヘルニアとは腰の軟骨が飛び出した状態のことを言います。
腰椎椎間板ヘルニアは、一般の方が想像している以上によくある病気で、生活していると虫歯ができるのと同じように、本人も気付かないうちに腰に椎間板ヘルニアを生じていたというケースは多々あります。
尚、椎間板(軟骨)はレントゲンに写らないため、レントゲンでは診断ができません。
坐骨神経痛の検査所見
カルテや診断書に記載されることの多い検査所見についても簡単に説明します。
ラセーグ徴候(SLRテストと同義)
ベッドの上に患者さんに仰向けで横になってもらい、膝を伸ばした状態で下肢を持ち上げる検査です。腰椎椎間板ヘルニアで腰神経の圧迫があると、下肢を持ち上げた際に強い下肢痛を生じ、陽性と判断されます。比較的客観性の高い検査です。
<参考>
【医師が解説】SLRとFNSテストはヘルニア後遺症認定のポイント
FNSテスト(大腿神経伸展テスト)
FNSテストとは、L2/3椎間板ヘルニアやL3/4椎間板ヘルニアで特異的に陽性になる検査です。患者さんにうつ伏せになってもらい、膝を曲げていきます。太ももの前に痛みやしびれが発生すると陽性です。
<参考>
【医師が解説】SLRとFNSテストはヘルニア後遺症認定のポイント
深部腱反射
ハンマーで患者さんの腱を叩く検査です。患者さんの意思に関係なく反応が現れる為、客観的な検査結果と解釈されます。
腰椎椎間板ヘルニアで圧迫される腰神経は、末梢神経に分類されます。末梢神経が圧迫されると、下肢の深部腱反射は低下します。
<参考>
【医師が解説】深部腱反射は12級の後遺症認定のポイント|交通事故
徒手筋力テスト(MMT)
患者さんの筋力を0から5までの6段階で評価するものです。5が正常で、0は筋肉の収縮すら確認できないという評価になります。
腰椎椎間板ヘルニアで腰神経が圧迫されると、神経を伝わって筋肉の収縮をおこすことができなくなります。その結果、筋肉が麻痺したり、筋萎縮(筋肉がやせて細くなる)を生じます。
また、知覚障害の範囲を調べることで、腰椎のどの神経が障害されているかを予測することが可能です。
例えばL5神経(Lは腰椎)であれば、下腿の外側から母趾にかけて、S1神経(Sは仙骨)であれば、足底といった感じです。
坐骨神経痛に対する治療
保存療法
交通事故などの外傷によって発症した坐骨神経痛は、事故直後は安静にすることが治療の基本になります。
痛みを和らげるために消炎鎮痛剤が処方されることが多いです。プレガバリンという神経痛を抑える薬が処方されるケースもあります。痛みが収まってきたら徐々に活動性を高めていきます。
手術療法
保存療法を3ヶ月間行っても坐骨神経痛が軽快しない場合や、痛みが高度なために社会生活を送れない場合には手術が選択されます。
坐骨神経痛の原因が腰椎椎間板ヘルニアの場合には、椎間板切除術が選択されます。
最近では内視鏡下椎間板摘出術(MED)や経皮的内視鏡下椎間板摘出術(PED)などの低侵襲手術が行われるケースも多いです。
【急性期】坐骨神経痛でやってはいけないこと
重い物を持つ
重い物を持つと、椎間板に負担がかかります。坐骨神経痛を発症した際には、重い物を持つことは控えましょう。
前かがみになる
立ったり座ったりしている時は、前かがみになり過ぎないことに注意する必要があります。
起きている状態では、椎間板に体重がかかるため、前かがみになり過ぎると椎間板ヘルニアが神経を圧迫する方向に力が加わります。
長時間座る
座っている姿勢は、椎間板に負担をかけます。このため、長時間(おおむね30分以上)座り続けることは避けましょう。
体を捻る
体を捻る動作をすると、椎間板に負担がかかるため、避ける方が無難でしょう。
【慢性期】坐骨神経痛でやってはいけないこと
中腰で重い物を持つ
中腰で重い物を持つと椎間板に負担がかかるため、坐骨神経痛が増悪する原因となる可能性があります。
長時間座る
1~2ヶ月して坐骨神経痛の症状が楽になっても、長時間(おおむね30分以上)座ることは避けた方が無難です。
座っている姿勢は、椎間板に負担をかけることには変わりが無いからです。
坐骨神経痛の寝方は?
坐骨神経痛でおすすめの寝方は存在するのでしょうか。結論から申し上げると、おすすめの寝方は存在しません。
寝ている状態は、椎間板に加わる負担が最小限になります。このため、どのような態勢で寝ても問題無いからです。
同一姿勢で寝ているよりも、ある一定の間隔で寝返りを打つ方が良いでしょう。この際に、坐骨神経痛が最もましになる寝方を探します。
一般的には、仰向けに寝るよりも横向きになって寝る方が、坐骨神経痛が楽になるケースが多いです。
坐骨神経痛では仕事を何日休む?
仕事を何日休むについては、坐骨神経痛の症状や原因、そして職種によって千差万別です。
長期間にわたる安静や休業は、むしろ社会復帰を遅らせる要因になります。このため、私たち整形外科医は、できる範囲で仕事することを推奨しています。
もちろん、重い症状の患者さんもいらっしゃるので、ある程度の安静や休業はやむを得ません。
一方、交通事故の場合には、数ヶ月に及ぶ長期休業は保険会社を過度に刺激するため要注意です。
坐骨神経痛は全治何ヶ月?
多くの症例で、坐骨神経痛は保存的に治療されます。坐骨神経痛が軽快するまでの期間は、2~3ヶ月が平均的です。一方、長い場合には4~6ヶ月にも及びます。
3ヶ月以上にわたって保存治療しても症状が良くならないケースでは、手術療法が検討されます。
坐骨神経痛が数年後に発症する可能性
後から症状が出ることはありうる
日常診療でよく聞かれる質問の代表的なものは「坐骨神経痛は数年後に発症することはありますか?」 です。
結論から申し上げると、後から症状が出ることはあり得ます。特に大きな腰椎椎間板ヘルニアがある症例では、数ヵ月後や数年後に再発する可能性があります。
交通事故との因果関係の証明は難しい
一方、数年後に発症した坐骨神経痛は、交通事故との因果関係を証明することは難しいです。
このため、事故から数年してから発症した坐骨神経痛が、腰椎捻挫の後遺障害に認定される可能性はほぼゼロと考えて良いでしょう。
坐骨神経痛で考えられる後遺障害
14級9号:局部に神経症状を残すもの
局部とは、腰部を指します。神経症状とは、腰椎捻挫に由来する症状を指します。腰痛に留まらず、お尻の痛み、下肢のしびれや痛みなどの坐骨神経痛も含まれます。
将来においても、回復は見込めないと医師が判断した状態であること(症状固定)が前提になります。後遺障害診断書には、症状の常時性が必要で、天気が悪いときに痛いなどの症状では認定されません。
また、交通事故と本人の感じる後遺症状に因果関係が認められることが条件となるため、車体の損傷が少ない交通事故は非該当とされることが多いです。
また、情報は公開されていないものの、毎月の通院頻度が少ない場合や症状固定までの通院期間が短い場合も非該当となります。詳細な基準が公表されていない背景には、不正受給を排除する目的があるとされています。
12級13号:局部に頑固な神経症状を残すもの
局部とは、腰部を指します。神経症状とは、腰椎捻挫に由来する症状を指します。腰痛にかぎらず、お尻の痛み、下肢のしびれや痛みなどの坐骨神経痛も含まれます。
14級9号との大きな違いは、「障害の存在が医学的に証明できるもの」というフレーズです。12級13号認定のためには、まずレントゲンやMRIで客観的(他覚的)な異常所見があることが必須条件になります。
異常所見には骨折や脱臼はもちろんですが、その他にも椎間板ヘルニアや骨棘(頚椎加齢の変化)、椎間板高の減少(加齢による変性で椎間板の厚みが減少する)も含まれます。
神経や椎間板は、レントゲンには写らず、MRIを撮らないと評価ができないため、腰椎捻挫治療の過程で腰のレントゲンしか撮影されていない場合は、障害の存在を医学的に証明することが困難なケースが多いです。
そのため、症状が続いているのであれば、主治医と相談して、治療経過中に一度は腰椎MRI検査を検討することが推奨されます。
神経症状に関しても14級9号では、自覚症状(患者さんの訴え)としての痛みで良いのですが、12級13号では、より条件が厳しくなります。
自覚症状だけでは不十分で、筋力低下、筋肉の萎縮(やせて細くなる)、深部腱反射の異常などの客観的な症状が必要とされます。しびれ(知覚障害)の範囲も、損傷された神経の分布に一致している必要があります。
腰椎捻挫による坐骨神経痛で行われる頻度は非常に低いですが、筋電図や神経伝導検査といった特殊な検査の異常値も客観的な所見に含まれます。
【12級13号】坐骨神経痛の後遺障害認定事例
事案サマリー
- 被害者:46歳
- 初回申請:非該当
- 異議申立て:12級13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)
交通事故後に腰痛と右下肢に放散する坐骨神経痛が持続していました。痛みのため、半年以上通院を余儀なくされましたが、症状は改善しませんでした。初回申請時には非該当と判定されました。
弊社の取り組み
弊社に相談があり、診療録を詳細に確認すると、受傷直後から腰椎椎間板ヘルニアに特徴的な「ラセーグ徴候陽性」と複数箇所に記載されていました。
MRIで、L4/5レベルに椎間板ヘルニア(矢印)を認め、患者さんの右下肢痛は椎間板ヘルニアが圧迫しているL5神経根の知覚領域と一致していました。
脊椎外科専門医が診療録を確認したところ、初回申請時に見落とされていたため、これらの所見を丁寧に医師意見書に記載しました。
初回申請時には、腰椎MRI画像で確認できる椎間板ヘルニアの所見が軽視されていたため、読影所見の補足も行いました。異議申立てを行ったところ12級13号が認定されました。
【弁護士必見】等級認定のポイント
12級13号:局部に頑固な神経症状を残すもの
14級9号と比較すると、はるかに認定基準は厳しくなります。痛みが持続しているだけでは不十分で、「障害の存在が医学的に証明できるもの」という条件が必要になります。
具体的には腰のMRIで神経の圧迫があること。さらにその圧迫されている神経と実際の症状(知覚障害の範囲、深部腱反射の異常、ラセーグ徴候などの誘発テストが陽性であることなど)が一致していることが必須条件になります。
14級9号:局部に神経症状を残すもの
14級9号は、救済等級としての位置づけでもあり、比較的広い範囲の患者さんが認定される可能性があります。
受傷から一定の期間(約半年が目安になります)通院されていて、その間の通院回数が一定の基準を超えていれば認定の可能性が高まります。
それ以外にも交通事故の規模や画像所見(腰椎のレントゲンやMRI)も参考にします。一番重要なことは、受傷直後から後遺障害診断書作成にいたるまで、坐骨神経痛に一貫性があることと、持続性があることです。
整骨院に通院しているだけでは不十分で、交通事故の直後から、後遺障害診断書作成に至るまで、定期的に病院やクリニックに通院していることが必須条件となります。
<参考>
【医師が解説】腰椎捻挫の後遺症が等級認定されるポイント|交通事故
弁護士だけでは専門的な判断を行うことは難しいため、整形外科専門医との綿密な協議が必要になります。坐骨神経痛でお困りの事案があればこちらからお問い合わせください。
<参考>
日経メディカル|意見書で交通事故の後遺症が決まるってホント?
まとめ
坐骨神経痛とは傷病名ではなく、お尻や太ももの裏から足にかけて感じる痛みやしびれなどの症状です。
坐骨神経痛の急性期にやってはいけないことは、重い物を持つ、前かがみになる、長時間座る、体を捻るなどです。一方、慢性期には、中腰で重い物を持つ、長時間座ることは控えましょう
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