交通事故で発生する頭部外傷では、意識障害の期間が重要視されています。意識障害期間が短かったり、程度が軽い場合には、高次脳機能障害が認定されにくいです。
一方、実臨床では、意識障害期間が自賠責認定基準を満たさなくても、高次脳機能障害の症状が残存する事案が存在します。
これらの事案は、自賠責保険では高次脳機能障害と認定されにくく、実務的にはMTBI(軽度外傷性脳損傷)として扱われるケースが多いです。
本記事は、MTBIの後遺症が障害認定されるヒントとなるように作成しています。
最終更新日:2023/4/3
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MTBI(軽度外傷性脳損傷)とは
交通事故などで頭を強く打ったり、頭が強く揺さぶられると、脳にダメージが加わって脳損傷を起こすことがあります。
2004年にWHO(世界保健機関)が軽度外傷性脳損傷(mild traumatic brain injury; 以下MTBI)の作業的定義を発表しました。
- 30分以内の意識消失
- 24時間以内の外傷性健忘
しかし、WHOの作業的定義は、医学的に統一された定義ではありません。
本邦でのMTBIの扱い
本邦ではあまり浸透しておらず、神経外傷学に関連する学会はMTBIのガイドラインや診断基準を作成していません。また、脳神経外科の成書(脳神経外科学など)にもMTBIの記載はありません。
本邦の一般脳神経外科医の認識は、MTBIはびまん性軸索損傷(DAI)や脳震盪に代表される広義のびまん性脳損傷に含まれる疾患概念と認識されています。
本邦では確立されたMTBIの診断基準がなく、実臨床ではその存在自体が疑問視されています。
<参考>
【医師が解説】びまん性軸索損傷が後遺症認定されるヒント|交通事故
MTBIの診断
WHOの作業的定義では、頭部外傷後急性期の画像検査での異常所見を問いません。極論すると、全ての脳震盪患者さんがMTBIと診断されることになります。
MTBIの治療
現時点では、MTBIに対する有効な治療法は確立されていません。薬物療法、リハビリテーションによる対症療法が主となります。
MTBIと高次脳機能障害の関係
臨床的に問題となるのは認知機能障害が長期間にわたって遷延する場合です。しかし、ほとんどの外傷後の認知機能障害は、3〜12ヶ月以内に回復するとされています。
また、MTBIが脳の器質的損傷によって高次脳機能障害を引き起こすという明確なエビデンスはありません。
自賠責保険や労災保険でのMTBIの取扱い
本邦では、脳神経外科医の間でMTBIそのものが認知されていません。このため、自賠責保険や労災保険において、MTBIという傷病名で後遺障害に認定されるケースはほとんど無いと思われます。
【弁護士必見】MTBIの実務
MTBIは高次脳機能障害から漏れた事案の受け皿
脳神経外科医の間でほとんど知られていないMTBIと言う傷病名が、後遺障害診断書に記載されるケースは多くありません。
一方、自賠責保険で高次脳機能障害が認定されるためには、下記3項目をすべて満たす必要があります。
- 脳外傷の診断名がついている
- 症状固定時に脳実質損傷の画像所見が存在する
- 受傷直後に意識障害がありそれが一定時間の継続している
神経系統の障害に関する医学的意見や日常生活状況報告書では明らかな高次脳機能障害が存在するにもかかわらず、上記の①~③の要件を満たさないと、高次脳機能障害には認定されにくいです。
高次脳機能障害の認定基準を満たさずに後遺障害認定から漏れた事案を、弁護士などが便宜上MTBIと呼んで対応しています。
MTBIという傷病名が、医師主体で出てくるケースはほぼ無いと思ってよいでしょう。
高次脳機能障害の認定で意識障害はそれほど重視されない
最近の傾向として、意識障害はそれほど重要視されておらず、少なくとも絶対視されていないと感じています。
意識障害が軽度や短時間であっても、画像所見、神経系統の障害に関する医学的意見、日常生活状況報告と併せて総合的に判断しているのでしょう。
従来であれば、高次脳機能障害に認定されなかったであろう事案が、事実上のMTBIとして認定されるケースを散見します。
<参考>
【医師が解説】高次脳機能障害、MTBI、非器質性精神障害は類似病態
【日経メディカル】交通事故における曖昧な高次脳機能障害の定義
まとめ
WHOの定義では、MTBIは30分以内の意識消失と24時間以内の外傷性健忘のあった症例とされています。しかし本邦では確立されたMTBIの診断基準がなく、実臨床ではその存在自体が疑問視されています。
一方、交通事故で発生する頭部外傷では、意識障害の期間が重要視されています。意識障害期間が短かったり、程度が軽い場合には、高次脳機能障害が認定されにくいです。
このような事案は、自賠責保険の実務ではMTBI(軽度外傷性脳損傷)として扱われるケースが多いです。MTBI(軽度外傷性脳損傷)でお困りの事案があれば、こちらからお問い合わせください。
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※ 本コラムは、脳神経外科専門医の高麗雅章医師が解説した内容を、弊社代表医師の濱口裕之が監修しました。