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【遷延性意識障害(植物状態)】医師意見書の有効性|交通事故

交通事故で発生する重篤な頭部外傷のひとつに遷延性意識障害があります。遷延性意識障害は大きな後遺症を残すため、交通事故被害者の家族に過大な負担がかかります。

 

一方、保険会社の立場では賠償金などの各種支払金額が大きいため、交通事故被害者との交渉は先鋭化する傾向にあります。

 

本記事は、交通事故被害者側の弁護士が、遷延性意識障害の保険会社との交渉のヒントとなるように作成しています。

 

 

最終更新日:2024/4/19

 

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遷延性意識障害とは

遷延性意識障害は外界の刺激に反応しない状態

遷延性意識障害とは、わかりやすく言うと寝たきりでほとんど言葉を発することがなく、外界からの刺激にほとんど反応することがない状態を言います。

 

臨床の現場では意識障害に関してさまざまな用語、呼称が存在しており、意識障害のある同一の患者さんに対して医師によって違った意識障害の表現をすることも稀ではありません。

 

まず、意識そのものの定義が非常に難しく、意識障害の程度を区分することはさらに困難です。

 

また、障害を負ってからの時期、覚醒度と意識内容の障害の程度により、さまざまな意識障害に関する呼称が用いられています。

 

ほぼ臨床的に同じ状態と考えられるものにも複数の呼称があるため、意識障害の用語による分類をすべて把握することは不可能に近いです。

 

ちなみに、脳神経外科の成書(注1)には「遷延性意識障害」という名称はありません。このため、カルテや診断書で「遷延性意識障害」という傷病名が記載されることは稀です。

 

社会医学的名称として使用される「遷延性植物状態」という用語に内在するマイナスイメージから、社会的要請に応じて自賠責保険独自で派生した名称と考えられます。

 

また、ほぼ同義語として以前から「失外套(しつがいとう)症候群」という用語も用いられてきました。

 

「遷延性意識障害」は、臨床の現場ではあまり使用されませんが、交通事故後の自賠責保険界隈ではよく用いられる用語です。

 

急性期の臨床の現場では、程度は問わず意識障害が長引く(遷延する)状態を「遷延性意識障害」と表現することがありますが、本来の定義からすると間違った使い方ということになります。

 

ここでは、遷延性植物状態と同義語として遷延性意識障害について解説します。

 

(注1)脳神経会外科学第13版、金芳堂

 

 

 

 

遷延性意識障害(遷延性植物状態)の定義

日本脳神経外科学会(1972年)によると、日常生活を普通に送っていた人が脳損傷を受けた後に以下の6項目すべてを満たすような状態に陥り、ほとんど改善がみられないまま、満3ヶ月以上経過したものをいいます。

 

  1. 自力移動不可能
  2. 自力摂食不可能
  3. 屎(し)尿失禁状態
  4. たとえ声は出しても意味のある発語は不可能
  5. “目を開け”、“手を握れ”などの簡単な命令にはかろうじて応じることもあるが、それ以上の意思の疎通は不可能
  6. 眼球はかろうじて物を追っても認識はできない

 

12ヶ月以上経過した時点で永続性とされます。また、太田ら(1976年)は、「植物症」という名称を提案しており、重症度に従って完全・不完全・移行型に分類しています。

 

 

遷延性意識障害の原因

頭部外傷などで、両側大脳半球が広範囲に回復できないほどの大きな損傷を受けた場合に生じます。脳幹部は障害されていないことが多いとされています。

 

交通事故が原因の遷延性意識障害は、びまん性軸索損傷に代表されるびまん性脳損傷で生じることが、ほとんどだと考えられます。

 

 

<参考>
【医師が解説】びまん性軸索損傷が後遺症認定されるヒント|交通事故

 

 

head computerized tomography

 

 

遷延性意識障害の治療

残念ながら有効な治療法はありません。大脳半球が広範囲にわたり損傷している状態であり、これを現代の医療で治癒させることができないからです。

 

将来的には神経再生医療の臨床研究が進めば、根治は難しくとも、回復が可能となる未来が来るかもしれません。

 

現実的には対症療法や介護が重要です。誤嚥(誤って気管に食べ物が入る)の予防、褥瘡(床ずれ)の予防、関節拘縮(こうしゅく)の予防、経管栄養の管理、清潔ケア、など常に看護や介護を要する状態です。

 

このような理由で、病院もしくはそれに準じた施設での療養を要するケースが多いです。

 

 

遷延性意識障害(植物状態)の余命

個々のケースで振れ幅が大きいのですが、受傷から6ヵ月以内に死亡することが多いです。

 

この時期には、肺炎などの呼吸器感染症、尿路感染症、多臓器不全などを併発しやすいため、死亡率が高くなります。

 

この時期を無事に乗り切った人は、約2~5年程度生存するケースが多いです。 死因の多くは、呼吸器感染症、尿路感染症、多臓器不全です。

 

 

遷延性意識障害と脳死は異なる

脳の役割と構造

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脳は、役割(機能)と構造から、大脳、小脳、脳幹の3つの部分に分けられます。

 

 

大脳

知覚、記憶、判断、運動、感情などの人間らしさを司る部分です。脳の中でも最も大きく、人間が進化してきた最終段階で発達した部分です。

 

 

小脳

運動や平衡感覚を司ります。軽度の小脳損傷では、めまいやふらつきが出ることがあります。

 

 

脳幹

呼吸や循環機能などの、生きていくために必要不可欠な働きを司ります。脳幹は、脳の中でも最も古くからある部分です。人間の進化の過程で、脳幹の外側に大脳が形成されていきました。

 

 

脳死とは脳全体の機能が失われた状態

脳死とは、大脳、小脳、脳幹のすべての脳機能が失われた状態です。呼吸や循環を司る脳幹も損傷しているため、自力で呼吸することもできません。

 

特に、脳幹は一度損傷すると回復する可能性が無いため、脳死が回復する可能性もありません。

 

 

遷延性意識障害と脳死の違い

脳死は、脳全体の機能喪失なので、自力で呼吸することもできず、また回復の見込みもありません。

 

一方、遷延性意識障害は、脳幹の機能が残っていて自力で呼吸できることが多く、回復する可能性もゼロではありません。

 

遷延性意識障害は、自力で生存する機能さえも失ってしまった脳死とは全く別の状態なのです。

 

 

遷延性意識障害の介護

 

遷延性意識障害では、自力で動くことができません。このため、生きていくための看護や介護が必要となります。

 

 

遷延性意識障害における介護の種類

誤嚥の予防

食べ物や唾液が気管に入ると、肺炎を併発する原因となります。このため、痰を吸引したり、歯磨きなどの口内ケアが必要となります。

 

 

褥瘡(床ずれ)の予防

自力で寝返りを打てないので、定期的に体の向きを変える必要があります。おおむね、2時間毎の体位変換が推奨されています。

 

 

関節拘縮(こうしゅく)の予防

自力で手足を動かせないので、その状態を放置すると関節が固くなって動かせなくなります。

 

臨床的には、膝や肘が曲がって動かなくなることが多く、介護する上で大きな問題となります。

 

このため、定期的に手足の関節を動かして、関節が拘縮するのを予防する必要があります。

 

 

経管栄養の管理

自力で噛んだり飲み込むことができません。このため、鼻、口、もしくはお腹から胃に挿入したチューブを通じて、栄養剤を注入する必要があります。

 

 

清潔ケア

入浴やタオルで拭いて、体を清潔に保つ必要があります。
 

 

遷延性意識障害の介護の注意点

遷延性意識障害では回復する可能性が極めて低いため、前述した介護を継続していく必要があります。

 

医療機関に入院し続けることはできないので、自宅で介護するケースや介護施設へ入所するケースが一般的です。

 

自宅で介護を続ける場合、介護サービスを利用します。しかし、すべてを介護サービスで賄うことは難しいため、ご家族の介護も不可欠です。

 

無理なく在宅介護するためには、住宅改修も必要となります。これらの住宅改修費や介護費用を確保するためにも、適切な賠償金を受け取ることが非常に重要です。

 

 

遷延性意識障害の後遺障害等級

1級1号

神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
 

 

2級1号

神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの

 

 

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遷延性意識障害の慰謝料

成年後見人が慰謝料請求する

遷延性意識障害の慰謝料請求は、成年後見人が行います。成年後見人は、認知症、精神発達遅滞などで判断能力が十分でない人の財産を保全して保護します。

 

成年後見人を選出するには、管轄の家庭裁判所に申し立てする必要があります。家庭裁判所が総合的に判断して、成年後見人を選出します。

 

なお、被害者が未成年の場合には法定代理人(両親)が慰謝料を請求できるため、成年後見人を選出する必要がありません。

 

 

<参考>
【弊社ホームページ】遺言能力鑑定

 

 

遷延性意識障害における慰謝料の種類

傷害慰謝料

傷害慰謝料は、治療を受ける精神的苦痛に対して支払われます。傷害慰謝料は、傷害の程度、入院期間や通院期間をもとにして算出します。

 

 

後遺障害慰謝料

家族が遷延性意識障害になると、近親者(親、子供、配偶者等)は大きな精神的苦痛を受けます。このため、被害者だけではなく近親者にも、傷害慰謝料が認められます。

 

 

治療費

一般的に遷延性意識障害では任意一括対応になるため、被害者は自己負担せずに治療できます。

 

 

入通院慰謝料

遷延性意識障害は、長期間に渡る治療が必要です。自賠責保険では、実治療日数(実際に入院や通院した日数)×4,200円×2で算出します。

 

 

付添看護費

遷延性意識障害では、誰かが付き添って看護する必要があります。付添看護費用も損害賠償請求が認められています。

 

 

交通費

被害者だけではなく、付き添い人の交通費も、損害賠償請求が認められています。

 

 

家屋の改造費用や引っ越し費用

遷延性意識障害の被害者を介護するために必要と認められれば、家屋改修工事費用も、損害賠償請求が認められています。

 

 

自動車の改造費用

遷延性意識障害の被害者を介護するために必要と認められれば、自動車の改造費用も、損害賠償請求が認められています。

 

 

休業損害

本来なら得られるはずの収入に対する損害賠償請求も認められています。
 

 

逸失利益

逸失利益とは、遷延性意識障害のために得られなくなった収益です。遷延性意識障害では、生存期間中の労働能力が100%喪失したものとみなされます。

 

 

成年後見人の費用

成年後見人の選出などにかかる費用(申立手数料、登記費用、切手代、後見人報酬)も認められます。

 

 

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【弁護士必見】遷延性意識障害で争いになるポイント

遷延性意識障害の症状固定時期

遷延性意識障害(遷延性植物状態)の定義は、受傷から3ヶ月以上経過したものです。更に12ヶ月以上経過した時点で永続性とされます。

 

このため、医学的には受傷から3ヵ月以降で改善の見込みが無ければ、遷延性意識障害として症状固定可能とも言えます。しかし、一般的には受傷から1年程度は経過観察する症例がほとんどです。

 

保険会社の立場では、症状固定までの期間が短いほど賠償金額などの各種支払金額を抑えることができます。

 

このため、受傷後6ヵ月での症状固定を打診するケースが多いようです。しかし、医学的には安定期に移行したとは言い難い時期であるため、受傷後6ヵ月での症状固定には心理的抵抗感があることも事実です。

 

交通事故被害者家族の立場でも、急いで症状固定する必要性に乏しいので、受傷後1年程度での症状固定が望ましいかもしれません。

 

 

遷延性意識障害の平均余命期間

遷延性意識障害は後遺障害等級が高いため、慰謝料や逸失利益などの賠償金が高額になります。

 

このため、保険会社との交渉では平均余命期間が争点になりやすいです。保険会社は、被害者の既往症を考慮して余命期間を低く算定する傾向にあります。

 

余命期間は賠償金額に直結するため、被害者側の立場では平均余命まで生きる主張をすることになります。

 

この領域は、完全に医学的な争点なので、各科の専門医によるサポートが不可欠です。

 

 

遷延性意識障害の在宅介護の可否

遷延性意識障害では介護が必須です。自宅で介護する場合には、住宅改修が必須であり、その費用は高額になりがちです。

 

このため、保険会社は、在宅介護は困難であり介護施設への入所が必要だと主張するケースがあります。

 

被害者の状態はさまざまなので一概には言えませんが、客観的にみて在宅介護が可能な方も少なくありません。

 

このような場合も、各科の専門医によるサポートが有効なケースが多いです。

 

 

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医師意見書で遷延性意識障害の和解成立(在宅介護可能)

事案サマリー

  • 被害者:20歳
  • 後遺障害等級:1級1号
  • 訴訟の争点:自宅での介護可能性

 

交通事故で遷延性意識障害となった家族を、ご両親が自宅で介護できるか否かが争点になりました。

 

ご両親は、被害者の自宅での在宅介護を強く希望されています。一方、保険会社は介護施設入所を推奨したうえで、在宅介護は困難と主張しました。

 

 

弊社の取り組み

弊社の脳神経外科医が各種資料で被害者の状況を精査しました。すでに事故から数ヶ月経過しており安定期であり、これまで大きな内科的合併症を併発していませんでした。

 

これまでの実臨床での経験も加味して、医学的に考えて在宅介護は可能であるという医師意見書を作成しました。

 

裁判官が医師意見書の内容を踏まえて、在宅介護は可能との心証開示しました。その結果、交通事故被害者家族の意向に沿った和解案が成立しました。

 

 

<参考>
【日経メディカル】遷延性意識障害では住宅改修費も補償の対象に?!

 

 

 

nikkei medical

 

 

まとめ

 

遷延性意識障害について解説しました。現時点では有効な治療法がなく、また常に介護を要するため介護者にも非常に負担がかかります。

 

遷延性意識障害では、症状固定時期、平均余命期間、在宅介護の可否が争点になりやすいです。遷延性意識障害でお困りの事案があれば、こちらからお問い合わせください。

 

 

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    ※ 本コラムは、脳神経外科専門医の高麗雅章医師が解説した内容を、弊社代表医師の濱口裕之が監修しました。

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