トラウマは、交通事故で発生する精神的な病気のひとつです。骨折などの他の傷病と比べて、トラウマは他人からは見えにくいため、争いになりやすい後遺障害です。
一方、トラウマと似た病態にPTSDがあります。トラウマとPTSDは同一とみなされがちですが、実は両者は異なる病気です。
本記事は、トラウマとPTSDとの違いを理解して、後遺障害に認定されるヒントとなるように作成しています。
最終更新日: 2024/5/13
Table of Contents
トラウマとは
トラウマは心の傷(心的外傷)
トラウマとは、トラウマ体験で負った心の傷(心的外傷)です。トラウマは、単なるストレスではありません。トラウマ体験が、後の人生に大きな影響を及ぼしている状態です。
トラウマ体験
交通事故や暴力被害などの生命や存在に強い衝撃をもたらす出来事(外傷性ストレッサー)による体験を、トラウマ体験と呼びます。
外傷性ストレッサーの例
その人の生命、存在に強い衝撃をもたらす出来事として、以下のようなものが挙げられます。
自然災害
地震、火災、台風、洪水、津波、火山の噴火など
社会不安
テロ事件、暴動、戦争など
生命の危機に関わる体験
交通事故、暴力、犯罪、性的被害など
喪失体験
家族や友人の死、大切な物の喪失など
トラウマ反応
トラウマ体験のために発生した精神的な変調を、トラウマ反応と呼びます。トラウマ反応は、一過性で軽い症状の人が大半です。
また、受け止め方には個人差があるため、同じ外傷性ストレッサーに遭っても、全ての人にトラウマ反応が起きるわけではありません。
しかし、一部の人は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれる精神的後遺障害を発症します。
トラウマ反応の症状
トラウマ体験によって、いろいろなトラウマ反応が生じます。トラウマ反応では、以下のような心理的反応が発生します。
感情や思考の変化
交通事故や暴力などの外傷性ストレッサーを経験したために、以下のような感情や思考の変化が生じることがあります。
- 現実を受け止められない
- 何が起きたのか分からない
- どうすればよいのか分からない
- 茫然として恐怖や不安で一杯になる
- 家族や友人を失った喪失感で、うつ的感情になる
- 事件に対する感情が抑えきれない
- 突然、涙がでてきたり、自分自身を責める
- 方向感覚を喪失する
- 注意散漫になる
- 小さな物音に対して過敏になる
- これまでできていたことができなくなる
- 出来事を全く考えられない時期と考えすぎる時期を繰りかえす
身体の変化
交通事故や暴力などの外傷性ストレッサーを経験したために、以下のような身体の変化が生じることがあります。
- 恐怖や不安で過緊張状態になる
- 不眠
- 動悸、震え、頭痛、腹痛、寒気、吐気、めまい、発汗、呼吸困難などの自律神経失調症状
行動の変化
交通事故や暴力などの外傷性ストレッサーを経験したために、以下のような行動の変化が生じることがあります。
- 怒りが爆発しやすくなる
- ふさぎこむ
- 出来事を思い出す場所を回避する
- 閉じこもる
- 過食や拒食
- 薬やアルコールへの依存
PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは
PTSDの概要
PTSD(Post Traumatic Stress Disorder: 心的外傷後ストレス障害)とは、命の危険を感じる状況に遭遇した後に、自分の意志とは関係なく、その場面を思い出したり悪夢を見ることが続く状態です。
恐怖体験のフラッシュバックや悪夢が続くことによって不安や緊張が高まり、その辛さのために現実感が無くなるケースも多いです。
PTSDの症状
自分の意志とは関係なく辛い記憶を思い出す
交通事故から時間が経過して普通に日常生活を送っていても、突如として交通事故の恐怖体験を思い出します。一度だけではなく何度も繰り返すケースが多いです。
その際には、恐怖だけでなく、苦痛、怒り、哀しみ、無力感といった感情と共に、もう一度交通事故に遭ったかのように生々しく思い出すことさえあります。
常に精神的に緊張している
交通事故の記憶を思い出していない時でも、常に気が張りつめているためイライラしています。
小さなことにも驚きやすくなり、極端に警戒心が強くなります。また、不眠などの症状を訴えるケースが多いです。
無意識のうちに思い出す状況を避ける
何度も交通事故を思い出すうちに、そうした記憶がよみがえるきっかけを避けるようになります。記憶がよみがえるきっかけは、本人が意識していない場合もあります。
無意識のうちに交通事故の記憶を思い出す状況を避けるようになるため、日常生活が制限されてしまい社会生活を送れなくなるケースも少なくありません。
感覚が麻痺する
交通事故の記憶で苦しむことを避けるために、感情や感覚が麻痺してしまうこともあります。
身近な人に対しても、受傷前のような愛情や優しさなどの感情を抱けなくなったり、心を許すこともできなくなるケースが多いです。
辛い症状が続いて治らない
これまで挙げたような症状がいつまでも続いたり、むしろ悪化する傾向さえあります。
トラウマとPTSDの違い
これまで見てきたように、トラウマとPTSDのきっかけや症状に大きな違いはありません。トラウマとPTSDの違いは、トラウマは治りますが、PTSDは症状から抜け出せずに後遺症として残ってしまう点です。
骨折などの身体に負った外傷と同じように、トラウマは時間をかけて治せます。そして、トラウマが治るまでの間に、PTSDと同じような症状が出ます。
一方、時間が経っても心の傷が治らずに症状が長期化する場合には、トラウマではなくPTSDを患っていることになります。事故の受け止め方には個人差があるため、全ての人がトラウマに留まるわけではなく、一部の人はPTSDを発症するのです。
トラウマは後遺障害には該当しない
トラウマは治癒します。このため、自賠責保険の後遺障害には該当しません。一方、似たような症状であるPTSDは治らないため、後遺障害に認定される可能性があります。
PTSDで考えられる後遺障害
自賠責認定基準
自賠責保険では、厚生労働省労働基準局の「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」に準じて等級認定されます。
神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について
下記の(ア)精神症状のうちひとつ以上が認められ、かつ、イ)能力に関する判断項目のうち、ひとつ以上の能力について障害(能力の欠如や低下)が認められることが必要となります。
(ア)精神症状
- 抑うつ状態
- 不安の状態
- 意欲低下の状態
- 慢性化した厳格・妄想性の状態
- 記憶または知的能力の障害
- その他の障害(衝動性の障害、不定愁訴など)
(イ)能力に関する判断項目
- 身辺日常生活
- 仕事・生活に積極性・関心を持つこと
- 通勤・勤務時間の厳守
- 普通に作業を持続すること
- 他人との意思伝達
- 対人関係・協調性
- 身辺の安全保持、危機の回避
- 困難・失敗への対応
「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準」をいくつ満たすのかによって、9級10号から14級9号までの等級が認定されます。
9級10号
通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの
【具体例】
i 就労している者、または就労の意欲はあるものの就労はしていない場合
- (イ)の(2)~(8)のいずれかひとつの能力が失われているもの
- または、(イ)の4つ以上についてしばしば助言・援助が必要と判断される障害を残しているもの
ii 就労意欲の低下または欠落により就労していない場合
- (イ)の(1)について、ときに助言・援助を必要とする程度の障害が残存しているもの
12級13号
通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため多少の障害を残すもの
【具体例】
i 就労している者、または就労の意欲はあるものの就労はしていない場合
- (イ)の4つ以上について,ときに助言・援助が必要と判断される障害を残しているもの
ii 就労意欲の低下または欠落により就労していない場合
- (イ)の(1)について、適切または概ねできるもの
14級9号
通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため軽微な障害を残すもの
【具体例】
(イ)のひとつ以上について、ときに助言・援助が必要と判断される障害を残しているもの
【弁護士必見】PTSDの後遺障害認定ポイント
PTSDの等級認定は難しい
PTSDは、基本的に治癒する傷病と考えられています。また、症状の存在を客観的に証明することが難しいです。このため、自賠責保険で後遺障害等級認定されるためのハードルは極めて高いです。
PTSDとして後遺障害が等級認定されるためには、精神科もしくは心療内科の専門医による治療が1年以上必要です。実臨床においても、PTSDなどの精神疾患の治療期間は長期化する傾向にあります。
後遺障害診断書では、PTSDという傷病名が整形外科医や内科医師(開業医)によってつけられています。しかし、精神科ではない医師が作成した後遺障害診断書は、自賠責保険では重要視されません。
実務的に、PTSDで後遺障害が等級認定されるためには、精神科もしくは心療内科の専門医の治療を1年以上受ける必要があります。通常の6ヵ月では後遺障害に認定されないことに注意が必要です。
頭部外傷後のPTSDは高次脳機能障害と類似した病態
PTSDで最も問題になるのは、頭部外傷後に発症する事案です。自賠責保険の審査では、通常の心的ストレスによるPTSDと、頭部外傷に併発したPTSDを分けて考える必要があります。
一般的には高次脳機能障害の自賠責認定基準は、下記3要件のすべてを満たす必要があるといわれています。
- 適切な傷病名
- 意識障害期間
- 画像所見
適切な傷病名(脳挫傷や脳出血など)や、画像所見(脳挫傷痕や脳萎縮など)の2要件しか満たしていない事案は、MTBI(Mild Traumatic Brain Injury; 軽度外傷性脳損傷 )に分類されます。自賠責保険では、意識障害期間の基準を満たさないと、高次脳機能障害に認定されにくいのです。
そして、脳挫傷や脳出血など適切な傷病名の1要件しか満たさない事案は、明らかな高次脳機能障害の症状が残存していても、自賠責保険では高次脳機能障害として等級認定されません。
自賠責保険の実務では、意識障害期間が足りなく画像所見も認めない事案は、PTSD(非器質性精神障害)として後遺障害の等級認定を目指すことなります。高次脳機能障害では非該当になってしまうのです
実臨床では精神科医師が治療していることが多いです。精神科医師か脳神経外科医師のどちらが治療するのかは議論のあるところです。
一方、自賠責保険の実務では、3要件のどの項目を満たしているのかを確認して、精神科医師か脳神経外科医師のいずれの医師意見書を作成するのが望ましいかを判断することになります。
尚、上記の高次脳機能障害、MTBI、PTSD(非器質性精神障害)の基準は、あくまでも自賠責保険上の後遺障害認定基準に過ぎません。実臨床の基準ではないことに留意が必要です。
PTSDでお困りの事案があればこちらからお問い合わせください。
<参考>
トラウマとPTSDの違いのまとめ
トラウマとは、トラウマ体験で負った心の傷(心的外傷)です。トラウマとPTSDのきっかけや症状に大きな違いはありません。
トラウマとPTSDの違いは、トラウマは治りますが、PTSDは症状から抜け出せずに後遺症として残ってしまう点です。
一方、自賠責保険では、PTSDは基本的に治癒する傷病と考えられています。このため、後遺障害が認定されるためのハードルは極めて高いです。
PTSDとして後遺障害等級が認定されるためには、精神科もしくは心療内科の専門医による治療が1年以上必要です。
関連ページ
資料・サンプルを無料ダウンロード
以下のフォームに入力完了後、資料ダウンロード用ページに移動します。